スリランカ建築行脚(18)
- 松下佳介

- 1 日前
- 読了時間: 3分
更新日:12 時間前
BENTOTAからCOLOMBOへ到着。線路沿いのカフェでサンドイッチを食べて本日はNumber11を見学します。ジェフリーバワが事務所兼住宅にしていた建物です。
ここでも番地が建築の名前になっています。コロンボ03、バガタレロード33番レーン11番地。ですので書籍によっては33rd Lane となっている場合もあるので初めての方は気を付けてください。(日本のa&uも33rd Laneと紹介)
本来、最終日に予約を取っていたため予定していなかったNumber11。急遽見学できる事となりベントタから戻った日の夕方に見学しました。

先ずナンバー11について書きます。元々は4件がつらなる住宅の1件をバワが購入して事務所兼住宅として使用。バワがロンドンからコロンボに戻って2年後の1959年の事です。その頃は隣りにスーティー・バンダというジャーナリストが住んでおりスリランカ社会主義病同等の会合にも使用されていたそうです。大家と交渉していたバワはスーティーを追い出し1961年に隣接する棟。1968年に残りの2棟を取得。壁を取り払ったり、屋上階を付け加えたりして現在の姿になったという事です。
これに関しましてはデイヴィット・ロブソンの『ジェフリーバワ 全仕事』に詳しく書かれていますのでオススメいたします。

見学は先ずここから。エントランスには有名なバワのロールスロイス。太陽をシンボルとしたエナ・デ・シルバのテキスタイル。奥に扉にガラスのレリーフが少し見えますがラキ・セナナヤケの作品です。

エントランスより右手に屋上階につながる扉があり中央の光庭にはモンキーチェアの長椅子。奥へと長く続く廊下の先に列柱がある光庭。

廊下から見返り。

廊下のアイストップには必ずといっていいほど作品集に出てくるセナナヤケのフクロウのオブジェ。廊下にも光庭が出てきます。

廊下からエントランス見返し

光庭の様子。最後に屋上に登るのですが、そこから見ると複雑化した平面構成が見てとれます。バワはこの偶然性にも設計の面白さを見出してたのではないでしょうか。

池のあり列柱の並ぶ光庭。スリランカへ行くとこの様なコーニスの柱が多い。これはゴール市街でも観れたようにイギリス統治時代のデザインがそのまま根付いているもの。コロンボへ戻る途中に海岸沿いの木材市場も観たのですが柱だけ売っている屋台もあって、この形は一般的なようでした。

列柱の広間を右に曲がると小上りの休憩スペース、ダイニング(中国瓶が置いている外部空間に面している)そしてリビングとなる。宿泊者はそこも1晩堪能できるのでいずれ体験してみたい。見学者が撮影できるのはこの辺りまでと来客用寝室などの一部に限ります。
私は寸法を測ったり様々な場所に立って見え方を変えてみたり。夢中になっていたので写真があまり残っていませんでした。

ゲストルームと寝室がちょうど空いていたため入らせていただきました。

ゲストルーム


エントランスに戻り、階段にて屋上階へ。

特徴的な曲線の手摺り

モンキーチェアの手掛けを想起させる手摺りのデザイン。

屋上の様子

通り側への眺め

屋上階より全体の見下ろし。空間把握するには何度も通わないと難しい。

これが平面図。右側が通りに面しているエントランス。元々は縦に4分割したバンガローで奥へ奥へ拡張しては、壁を取り払い、庭を造って実験住宅のようにしていた。このアイデアが住宅作品への設計にも取り入れられています。天井高さや部屋のスケール感。光庭と部屋との関係。様々な居場所のあるナンバー11にはたくさんの仕掛けがありました。またいつかスリランカの民家やバワ設計では小作品などを巡りたくなりました。




コメント