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音楽と建築と

先日のことですが、ショパンコンクールの優勝者が決まったそうです。

戦争で中止となった年もありますが、ポーランド独立から9年後の1927年から5年おきに開催されています。


どうしてコンクールの話しを書いたかと言うと

久しぶりにサントリーホールでの演奏会に行きたいと思い、近日の公演スケジュールを調べていたところ、今月、ブーニンの来日公演が予定されていたのを見つけたからです。


公演は完売でしたが、ここ最近、ブーニンのニュースを聞かなくなっていましたので調べてみたところ、左手と足首の怪我によって10年もの間、活動休止していたとの事でした。

これについてはNHKが復活までのドキュメンタリー番組でも観れますのでリンクを貼っておきます。


私がショパンにのめり込んだのは高校生の頃、ちょうどピアノを弾くのを辞めてから逆にピアノの演奏に再び興味を持ち始めた頃でした。

始まりはソニーミュージックから発売されたホロヴィッツのショパンアルバムでした。その表現力に惹かれて何百回、何千回聞いたかわかりません。

まだ学生だった私は、少ない小遣いを貯めて購入していたのは建築家の作品集で、音楽は図書館からCDを借りて聴いていました。(当時は2週間の期限で2枚までだったかな)


その中で良く聴いていたものにブーニンのアルバムも入っていました。ショパンコンクールの優勝が1985年という事を考えると、もう日本では絶大な人気が出ていた頃です。

特に私が惹かれたのはホロヴィッツとロシアのリヒテル。ブーニンとは対極的な表現者ですが深みのある音楽を奏でるピアニストでショパンやラフマニノフの演奏を特によく聴いていました。そしてアルゲリッチの音楽にもまた惹かれていました。


クラシック音楽は同じ楽譜であっても、演奏者によって本当に違った音に聴こえます。

建築も技巧(技術や小手先のデザイン)によるモノではなく、どうしたら、そこに命が宿るのか? その事を感じるには、自分自身の考え方もフラットな状態にしなければいけませんね。 


付け加えると、大学生時代は民族音楽にまで興味がいき、アフリカの太鼓や歌などなども聞いていましたが、音楽は突き詰めると人と人の伝達方法ですので声や木や石といった道具にいきつくんですよね。そうすると建築の存在は消えていきます。深いです。






 
 
 

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