スリランカ建築行脚(5)
- 松下佳介

- 1 日前
- 読了時間: 3分
ジェットウィングライトハウスの見学にたっぷり時間をとった後、ゴール市街を2,3時間程散策しました。
ゴールとライトハウスをつなぐ道路沿いには魚市場があり生魚がたくさん並べられて売られていました。この道路沿いの小売店舗は町が変わるごとに変化していくのが見ていて興味深かったです。
フルーツ店になったり、あるいは籠屋になったり、木材をそのまま並べて売っていたり、その隣の並びには家具の脚などパーツを売っていたりと特産品が町によって違いました。

これは時計塔。ゴール(英)※ガーッラ(シンハラ)はオランダに上陸されてから港を侵略され防塞拠点として強化されてきたそうです。その後、ポルトガルに奪われ、さらにイギリスに占領されて1972年にスリランカ共和国としてイギリス連邦共和国として独立しました。
日本も同じ小さな島国ですが、独自の文化が生まれやすいと同時に他国から戦争での拠点とされやすい。深くは触れませんが、侵略された住民の心はいかなるものだったのかと想像します。

城塞や砲台跡が残っており、内部にも入る事ができます。
城塞入口までドライバーのJANAKAさんが車で行ってくれ、約30~40分城塞を時計台まで歩きました。

街を歩いて、城塞を巡って疲れたので現地の売店で一服。
JANAKAさんが地元民が飲んでいる緑色のスープを頼んでくれましたが、これが激辛!!
半分飲んだかどうかでお店で処分してもらいました。ごめんなさい。。
アイスでクールダウンといって二人でアイスを食べるも全く効力なし。しばらく口中がピリピリしていました。

ゴール市街にはこの様に古くからの建築もたくさん残っています。軒空間が通り沿いに配置され(だいたいどこも1.2m幅)ソファやベンチが配置されています。柵があってティーテーブルが出されている家もありました。
柱は木製でコロニアル形式。これは現在の民家でも同じ形式で作られていました。

この様に歴史ある建造物の一部もそのまま保存されています。
住宅のエントランスだったのでしょうか。
レンガ造の躯体と崩れ落ちてきているプラスター。タイムスリップして昔の様子を見てみたい。

内部も見たくて店舗の中を散策。京都の町屋のように中庭空間があって、それを取り囲むようにコリドールが配置され2階部分が張り出しています。
バワが設計していた手法もスリランカでの体験あっての事だろうと思います。
以前、イタリアのベネチアで体験した中庭空間はもっと縦に伸び上がり、少数コミュニティの空間でした。
そして、海洋史についての展示があるゴール博物館に行きました。沈船の調査や貿易で使われていた道具やスリランカ住民の様子をジオラマにしたものの展示があります。
ここは日本語の解説がないため、興味のある解説は翻訳アプリで見ましたが、博物館好きの私には少しもどかしく、こういった時に英語をすらすら読めるといいなと実感します。

これが博物館の玄関

中国人も盛んに訪れていたゴールの港。
ワインなどをカメに入れて運んだそうです。バワのコレクションにも度々出てくるのですが、パラダイスロードやヌルガンガ、私の泊まったブティック87やNumber11にも大小さまざまな中国産のカメが出てきます。

シンハラ人の海辺での生活の様子。
様々な骨があるのは食料とした魚の骨でしょうか。

城壁沿いを歩いていたらイグアナが地面に穴を掘っていました。個人的にイグアナはガラパゴス諸島に行かないと見れないのかと思っていましたが、スリランカ旅の中のあちこちで目撃しました。
日程をゆるく組み立てたい私は今回ゴールまで足を延ばすか最初は悩みましたが、結果、歩く事が出来てとても良い経験でした。
(6)へ つづく。




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